ストレスチェック制度の有用性と限界【産業医のキモチ】

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Sep 18, 2024

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ストレスチェック制度の有用性と限界

我が国においては、労働安全衛生法の改正によって、2015年より常時雇用する従業員の数が50人以上の企業には、ストレスチェックを実施することが義務付けられるようになりました。

これにより、体の健康を維持・増進するための定期健康診断と並び、心の健康に対する企業側の意識はもちろん、従業員自身の意識にも変化が生まれ、働く上では、心身の健康が最も重要であることが理解され始めるようになりました。

自らの健康を害してでも、他者や組織のために尽くすことが、暗黙のうちに美徳とされるような国民性があったため、このような法的な拘束力を持った制度の導入は、個人的には大きな意義があったものと思います。

一方で、ストレスチェックを行うこと自体が大いなる目的であり、そもそもは、従業員一人ひとりの心の健康状態を把握・理解するための手段であることが忘れられているような危惧も覚えます。集団分析は努力義務にとどまっていますし、個人結果の活用も、個人情報保護の観点から、十分に活用されているとは言えない状況が続いています。

ここでは、企業としても従業員としても、せっかく労力を割いて実施するストレスチェックを、少しでも現場に活かせるような視点やヒントについて触れてみたいと思います。

まずは、ストレスチェックの性質についてです。

ストレスチェックはあくまでも自記式の質問票であるため、回答内容がどのように影響するか、回答結果がどのような判定に結びつくか、比較的容易に想像ができるため、恣意的な回答結果に繋がる可能性が高いということを念頭におかねばなりません。

すなわち、疲れ度合いに応じて素直に回答する従業員の結果と、高ストレスであることが把握されることを回避するために、意図的な回答をする従業員の結果が混在する可能性が高いということを、十分に理解しておく必要があります。

産業医の立場としては、高ストレスと判定された従業員のうち、希望者に対する事後面談を丁寧に行うことは言うまでもありませんが、高ストレスと判定されなかったものの、実際は高ストレス状態にあるであろう従業員の存在を、しっかりと想定する必要があるということです。

また、ストレスチェックは実施した時期の繁忙や閑散の状態に応じて、結果がタイムリーに反映されるということも、しっかりと踏まえておく必要があります。多忙な時期を過ごしている従業員が、まさにその時期にストレスチェックに回答すれば、高ストレス状態と判定される可能性は高いと思われますが、その時期を僅かでも過ぎて、稼働が安定している状態でストレスチェックに回答すると、その可能性はグンと下がるでしょう。

要は、ストレスチェックの結果は、回答する従業員のストレスについて、瞬間風速的にしか可視化できない性質を有していると理解しておかねばなりません

これらの内容を踏まえ、ストレスチェックが十分に活用されるためには、例えば、主観的な情報(現状のストレスチェックによって得られる結果)とは別に、客観的な情報を活用するなどの次善の策を検討する必要があるかもしれません。

最近では、ウェアラブルデバイスや種々のツールを用いて得られる身体データを、客観的情報として活用する流れが加速しています。これらが、十分に活用しうるものであるか、信憑性のあるものであるかについても、しっかりと吟味する必要はありますが、主観的情報のみからストレス度を把握する手法の限界に対しては、一定の解決策を示し、ストレスチェックの有効活用に向けた前進の役割を果たすものと期待されます。

今春より本格的に取り組みの始まっている働き方改革、健康経営の概念、人的資本経営の導入、DEI(Diversity(多様性)、Equity(公正性)、Inclusion(包括性))の推進など、企業が直面する従業員の雇用環境の視点には、これまで以上に柔軟性や対応力が求められています。

より良い職場環境、より良好な従業員間のコミュニケーション、より安定した企業経営のため、義務を形骸化させず、より実りのある手段として活用していければと、強く願ってやみません。

 


 

PROFILE: VISION PARTNER メンタルクリニック四谷 院長(精神科医・産業医)尾林 誉史

東京大学理学部化学科卒業後、(株)リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の院長を務めながら、23社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を担当。メディアでも精力的に発信を行なっている。著書に「元サラリーマンの精神科医が教える 働く人のためのメンタルヘルス術」(あさ出版)、共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医」(祥伝社新書)など。

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