子育ては楽しくて辛いもの。親として喜びを感じる瞬間がある一方で、孤独や不安に押しつぶされそうになることも少なくありません。「誰にもわかってもらえない」「自分の子育てはこれで正しいのだろうか」と悩む親御さんは多いのではないでしょうか。そんなときに知っておきたいのが、親子関係をより良くし、子どもの健全な成長を支える「バウンダリー/境界線」の重要性です。本記事では、その考え方を掘り下げ、具体的なヒントをお伝えします。
新生児期の「一体感」
新生児は、生まれて間もない頃、自分と他者の区別がつきません。特に母親の存在を「自分の一部」と感じ、泣くことで母親が動く様子から「自分が母親を動かしている」という一体感を持ちます。この段階では、母親の存在が不可欠であり、赤ちゃんにとって安心感そのものです。

しかし、赤ちゃんが成長するにつれて、「自分」と「母親」が別々の存在であることを理解し始めます。また、母親が視界から消えても「存在し続けている」と認識できるようになることで、「母親がいなくても安心できる」という感覚を身につけていきます。この過程は、子どもが周囲の世界を自信を持って探索するための重要な基盤となります。
親の視点から見るバウンダリーの課題
では、親の立場ではどうでしょうか?赤ちゃんが成長するにつれ、心理的に自立していく一方で、親自身が無意識に自分の期待や感情を子どもに投影してしまうことがあります。このようなケースでは、親子間のバウンダリーが曖昧になり、親が自身の感情や価値観を子どもに押し付けてしまう可能性があります。
たとえば、以下のような言葉を口にした経験はありませんか?
- 「あなたがもっと良い子だったら、ママはこんなに疲れないのに」
- 「あなたがいなかったら、パパはどうなっているかわからない」
- 「みんなと同じように我慢しなさい」
これらの言葉は、親の感情や期待が子どもに投影されていることを示しています。こうした状況では、親も気づかぬうちに自身が育った環境の影響を受け、それを無意識に子どもに繰り返してしまっている可能性があります。
「バウンダリー」とは何か?

心理学でいう「バウンダリー」とは、自分と他者の間にある心の境界線のことです。ソーシャルワーカーの鴻巣麻里香さんは、バウンダリーを「自分と他者を区別し、その違いを守るもの」と説明しています。また、Psychology Todayでは、「他者に何を求め、どこまで受け入れるかを明確にし、それを冷静に伝えること」と述べています。
親が健全なバウンダリーを保つことは、子どもが自分の感情や選択を尊重しながら、他者との良好な関係を築く力を養う上で欠かせない要素です。
子育てにおけるバウンダリーの重要性
鴻巣さんは、「子どもが『私は私、あなたはあなた』と境界線を引けるよう手助けすることが重要」と述べています。このアプローチにより、子どもは他者の感情に過度に影響されず、自分を大切にする力を育むことができます。心理学者ベッキー博士も、「親の役割は、バウンダリーを保ちながら共感を示すこと」と指摘しています。親が自分の感情や期待を整理することで、子どもを独立した存在として尊重し、健全な親子関係を築くことが可能になります。

日本文化とバウンダリー
日本をはじめ、多くの文化では「親の期待に応えること」が子どもの美徳とされる傾向があります。例えば、「みんなと同じようにしなさい」という言葉は、集団の調和を重視する価値観に根ざしています。しかし、このようなメッセージが繰り返されると、子どもは自分の感情や考えを抑え込み、他者の期待に応えようとする傾向を強めてしまうリスクがあります。こうした影響を防ぐためにも、親はバウンダリーを意識し、子どもの自己表現を尊重する姿勢が求められます。
親子関係を深めるために
子どもにとって親は、人生最初の「宇宙」ともいえる存在です。その親子関係を健全に保つためには、親自身が自分の心と向き合い、バウンダリーを意識することが欠かせません。そのための一つの方法として、カウンセリングやコーチングを活用することが挙げられます。これらのサポートは、親が自身を深く理解し、子どもとのより良い関係を築く手助けをします。
健全な家族関係を目指して

バウンダリーは親子関係だけでなく、家族全体の幸福においても重要な役割を果たします。親が健全なバウンダリーを保つことで、子どもが自分らしく成長し、家族全員がより良い関係を築くことができます。ぜひ、家族全体の幸せを考えるきっかけとして、「バウンダリー」について見直す時間を作ってみてください。
参考文献
- 鴻巣麻里香. (n.d.). 自分と他者を区別する境界線「バウンダリー」とは?ソーシャルワーカー鴻巣麻里香さんによる解説. Retrieved from https://co-coco.jp/series/study/boundary/
- Psychology Today. (n.d.). Boundaries. Retrieved from https://www.psychologytoday.com/intl/basics/boundaries
- Huberman Lab. (n.d.). Dr. Becky Kennedy: Protocols for excellent parenting & improving relationships of all kinds. Retrieved from https://www.hubermanlab.com/episode/dr-becky-kennedy-protocols-for-excellent-parenting-improving-relationships-of-all-kinds
PROFILE

上村 貴子
公認心理師
カリフォルニア州でマリッジ&ファミリーセラピーとアートセラピーの修士号を取得。米国で性暴力被害者支援センターや児童福祉機関で5年以上支援。日本帰国後、米軍関係者やサードカルチャーキッドを対象にトラウマやうつの治療経験を深める。現在、公認心理師として認知行動療法や弁証法行動療法を用い、Intellectで従業員メンタルヘルスを支援中。