もし週4日で仕事を済ませてしまえるなら、そうしたくはないですか?
日本ではマイクロソフト社が週4日勤務を試験的に導入して話題になりましたが、世界的にも従業員のエンゲージメント、ワークライフバランス、採用や定着率の改善を図るためのビジネストレンドになっています。
常識とは反するものの、事実、生産性の向上も報告されているのです。
歴史的に見ても、週5日勤務は、長時間労働が生産性の向上にさほど寄与しないことにヘンリー・フォードが気付いた産業革命時の名残です。しかもこれは、肉体労働を代替する自動化の手段が少なかった頃の工場労働にまつわるもので、今では同等の業務にかかる時間は短縮可能なはずです。
アトラシアンや日本マイクロソフトなどのIT大手は、週4日勤務をテスト導入しました。従業員の大量離職を引き起こしている燃え尽きがはびこる今日、企業が金曜日を休みにするのは良い試みと言えるでしょう。
直感的にも理解できます。行動分析学者でIntellectでコーチを務めるSuprita Sinha氏は次のように説明します。
「疲れたらそのタイミングで、エネルギーを補充して仕事に戻るための休みが必要です。もし週4日勤務になれば、それは内省を通じて充電するときです。今どこにいるのか、何をしているのか、どうやって進んでいくのか、従業員にとって内省することはとても重要です」
従業員エンゲージメントや生産性の向上を報告している会社もあり、なかでもテック系ユニコーン企業のBoltは週4日勤務を全面導入しました。
Boltによると、従業員の84%は生産性が高まり、86%はより効率的になり、84%にはワークライフバランスの改善が見られました。
生産性に妥協せず、より幸せな働き方が期待できるなら、週の労働時間を短縮しない理由はあまり見当たりません。記事の後半で紹介する、マレーシアを拠点とする企業Piktochartの40人以上の従業員の意見も参考になるでしょう。
しかしまずは慎重にいきましょう。うまい話には裏があるかもしれないからです。
週4日勤務がうまくいく企業もあるかもしれませんが、すべての会社の悩みを解決するわけではありません。週4日勤務を導入する前に、知っておくべきことをご紹介します。
週4日勤務が週32時間勤務とは限らない
週4勤務において、従業員にとって一番うれしいのは、週5勤務と同じ給料で短い時間働くことです。
その場合、一日8時間勤務が標準だとすると、給与にも生産性にも妥協せず、1週間のうち32時間働くことになります。
しかし必ずしもそうとは限りません。週4日勤務の解釈の仕方も導入の方法も、ひとつではないのです。
時間を減らすのではなく、40時間の労働を4日に振り分けて圧縮し、1日10時間働く提案をする企業もあるかもしれません。ファーストリテイリングではユニクロの一部従業員に向けて導入されています。
Stanley BlackやLos Angeles Timesなどにとって週4日勤務はコスト削減の手段です。この2社は短時間勤務を導入することで、3カ月間で20%の給与削減に成功しました。
そういったこともあるので、勤務先で週4日勤務のテスト導入をすることになったら、ぬか喜びする前に内容を確認しましょう。
日数が減れば仕事を片付ける時間も減る
企業が求める成果によっては週4日勤務が適さないこともあるでしょう。
その場合、1日減らすことで業務を完了して成果をあげるための時間が減り、ストレスを悪化させてしまう可能性もあります。
イギリスでは、3分の2もの従業員が、週に6.3時間の超過勤務をしていると言われています。定められた週の標準労働時間が、生産性に対しての企業の期待値に必ずしも一致していないことを示しています。
週末が長くなっても、従業員は時間が短くストレスフルな稼働日を、全力でこなすことになるかもしれません。
週末に1日追加するために日中に長時間働くことも、時間が経つにつれて生産性が低下するため、最適とは言えません。
「私たちの心は輪ゴムのようなのです」と、Supritaは説明します。「ひっぱるとある程度まで伸びますが、それを超えるとちぎれてしまいます」
人々は24時間周期に従うため、長時間働くことで必ずしもより多くの仕事ができるわけではありません。
マットレスのレビューサイトを運営するSlumber Yardでは、1日10時間勤務をテスト導入した結果、生産性が悪化してしまいました。早い時間に出勤するために出社後の1時間を目を覚ます時間に使い、最後の2時間はネットサーフィンと、時間の重なる夕食に費やしていたのです。
効率を求めすぎる代償
週の労働日の削減を支持する意見の一つに、効率が挙げられます。
ほとんどの時間、従業員は退勤までの時間をつぶすため、仕事をしているふりをしていると仮定します。その場合、時間を減らし週32時間にすれば、従業員は与えられた時間内で仕事をこなすことに集中できます。
SNSに費やす時間や、メールで済むようなミーティングを減らすことになるのです。
確かに理論上は効率を高めることができるかもしれませんが、何が犠牲になるのか考える必要があります。
ニュージーランドでの週4日勤務の事例では、休憩時間が短くなり、ダラダラと雑談する時間が減り、業務をやり遂げるために時間を費やすことがわかりました。
これは企業の成果にとってはいいニュースですが、企業文化においてはそうは言えません。効率を重視しすぎると、失われてしまうものもあるのです。企業全体としての成功に必要不可欠な、従業員同士のつながりを生み、関係性を築くための機会が減ってしまいます。
「休憩スペースでの雑談はストレスを和らげるためにも重要です。従業員同士が意見交換することで、そういった雑談から事業のヒントが生まれることもあります。コーヒーを飲みながら会話するだけでも、考えを深めるための心の余裕が生まれ、仕事に戻るためのエネルギーを補充できるかもしれません」とSupritaは言います。
社会的なつながりを仕事に頼っているような人にとっても、精神的に負担がかかるかもしれません。例えば子どもを持つ親は、自身のウェルビーイングのためにも同僚との雑談が大切だと感じることもあるでしょう。
週4勤務がすべての企業に適切とは限らない
すべての業種が、異なる働き方に簡単に切り替えられるわけではありません。
切り替えるとすれば業務工程を見直す必要がありますが、とてつもない時間と労力がかかり、考慮すべきことも膨大です。
例えば、週5日営業している事業の場合、日々の業務をまわす人的リソースを確保する方法を検討しなければなりません。シフト制で働くとしたら、休みの日が被らないようにするため、マネージャーはどのように調整できるでしょうか。
もちろん企業方針の調整も、変更についての従業員向けの説明も必要で、全員が移行に慣れるまで時間がかかることは間違いありません。
週4日勤務が単純に不可能な業種もあります。24時間体制が必要な業種がそれにあたり、カスタマーサポートや技術サポート、病院や消防機関などが挙げられます。
週の勤務日数が問題ではないことも
一見、週4日勤務は有益であるように見えますが、必ずしも企業の課題を解決するとは限りません。
ギャラップの研究によると、週5日勤務でやる気をなくした従業員は、週4日勤務になることでエンゲージメントが下がったことがわかりました。
この結果は、勤務日数よりもEX(従業員体験)の質のほうが重要であることを示しています。ストレスや燃え尽きがすでに常態化しているのなら、ただ週の勤務日数を減らすだけでは、従業員のエンゲージメントや成果を劇的に改善することはできません。
時間削減による見通しのほか、テスト導入で得られた重要な考察は、柔軟性の大切さです。従業員は短時間勤務を希望しているだけでなく(必ずしも悪いことではありませんが)、勤務時間における裁量権を持ちたいと考えているのです。Visierによる1,000人のフルタイム従業員を対象にした調査では、「フレックスタイム」を優先する従業員は39%にのぼり、「週4勤務」は24%でした。
結局、週5日勤務の一番の問題は、従業員がセルフケアをしたり、子どもの送り迎えや閉店時間前の日用品の買い出しのような、仕事以外の役割を果たすための時間が限られていることなのです。
週4日勤務であれば従業員には時間的余裕ができますが、企業は時間のコントロールや柔軟性において、他に取り組めることがないか、あらためて考える必要があるでしょう。
Piktochart CEO:「あなたの企業にあった解決策を」
ここまで事例を紹介してきたのは、あなたの企業では週4日勤務を導入すべきでないと言いたいからではありません。多くの企業は週4勤務を非常にうまく取り入れ、会社の利益につなげています。
マレーシアを拠点とするグラフィックデザイン会社のPiktochartは、週4日勤務をうまく取り入れた企業の好例です。新型コロナウイルス感染拡大の当初、創業者のAi Ching Gohは従業員が燃え尽きはじめていることに気づきました。
「わずかな兆しがありました。ミーティングの最中、参加者がまだ起きていないかのようなのです。心ここにあらずといったところです。彼らは不満こそ言いませんが、とても遅くまで働いていると言うのです」とAi Chingは振り返ります。
そうしたことから、Ai Chingは週4日勤務を検討するようになりました。給与は変えず、週に週32時間勤務とするのです。全従業員は金曜も休みとし、カスタマーサービスチームは業務継続のため、金曜と月曜に交代で休みとしました。
パンデミックにより完全なリモートワーク体制になったところでしたし、短時間でも業務を終える規律がチームにあると確信していました。
Ai Chingの提案には、懐疑的な意見が寄せられました。競合が週5日勤務であれば、後れを取るのではないか? といった、生産性への影響を懸念する声もありました。しかしAi Chingは、これはただただ従業員のためだけであると理解して、週4日勤務を導入しました。
「よく聞かれ、明確にするために時間がかかった質問があります。それは『何を解決しようとしているのか?』という質問です。つまるところ、業績のために週4日勤務にするのではありません。従業員、人のためなのです」
移行期間を経て、Piktochartの従業員は週4日勤務を受け入れるようになりました。一度味をしめれば、戻ることはありません。同社の週4日勤務は2年目に入りました。
新しい働き方に必要なのは「時間管理能力」
Ai Chingによると、従業員はこの制度変更を気に入っています。金曜の休みが何にも代えがたい出産後のママやパパは「うれし泣き」したほどです。自己研鑽や、新しい趣味を始めたり、ボランティアの仕事などに費やす人もいます。
ミーティング時間も短くなり、業務完遂のための効率的なリズムを確立できました。
Piktochartが週4日勤務導入に成功した理由は、同社が自律の原則に基づいていたからです。
「これからの仕事で重要なのは、時間管理能力だと感じました」とAi Chingは言います。「母親になったら仕事にかける時間を減らすかもしれません。将来的な労働文化の成功モデルは、規制や制限を設けないことだと思います。人々は様々なことをしなければならないのですから」
Piktochartが週4日勤務モデルにうまく適応できたことにはいくつか理由があります。
まず、すでにオフィス内で結束したチームができあがっていました。
また、アジアとヨーロッパに社員がいたことで、非同期コミュニケーションに慣れていました。
さらに、給湯室で自然発生するような受け身の雑談でなく、従業員の積極的な関わり合いによって効率的な業務が可能であったことです。
「ちょっとした雑談がなくても、困らない人もいます。家族を優先するために、社交的な会話に参加する時間がかけられないのです。それらすべてが企業文化の醸成につながるわけではありません。すべてのミーティングに意識的に参加することが大事です。雑談よりもそういった小さなことのほうが重要なのです」とAi Chingは言います。
信頼と自律が成功の土台
週4日勤務を導入できる企業は一定数あるかもしれませんが、それによって職場環境の悪さが改善されるわけではありません。活力のある企業文化の醸成や生産性の向上をゴールとするなら、勤務時間の見直しからスタートすることが最適解とは限らないのです。
企業が従業員エンゲージメントの課題を解決する手段を見つけるには、従業員のメンタルヘルスとウェルビーイングを大事にしながら、企業文化を深堀りする必要があります。
「人それぞれ違います。それぞれが求めるコミュニケーションを理解し、実行することが大切です」とSupritaは説明します。「すべての症状に使える薬はないのと同じです」
同様に、組織もすべての課題に対して同じ方法で解決することはできません。大量離職が世界中で起こっている中、従業員が仕事を続けるために求めるものやニーズを念頭に置きながら、それぞれの状況に応じて取り組み方も各企業が調整する必要があるのです。