マネジメント層に必要なメンタルケア
マネージャーは組織運営や成長を実現するための重要な立場に位置しています。
しかし、現状では彼らは前例のないほどの負荷に直面しています。
「人手不足」「ハラスメント」「ダイバーシティや働き方改革などの新しい組織課題」「世代間ギャップによる部下マネジメントの難しさ」などの対応による業務量の増加だけでなく、「高ストレス」「疲労」「睡眠不足」「モチベーションの低下」などの心理的負担も増加しており、マネージャーの過重な負担が明らかになっています。
このような高負荷なマネージャーをどのように支援できるかが重要な経営課題です。
マネージャーに必要なメンタルケアについて産業医・精神科医の尾林誉史(おばやし たかふみ)先生に詳しくお話を伺いました。
まずは、事例からご覧いただきたいと思います。
ある会計事務所に勤務するAさん(35歳男性)は、誠実な人柄と丁寧な仕事ぶりで社内外からの信頼も厚く、昨年、都内複数区エリアを管轄する、社内でも重要な課の課長に昇進した。
社内は、通年を通し決算業務で忙しく、また、年末調整業務がピークとなる年末年始は多忙を極めた。Aさんの課には4人のメンバーがおり、それぞれがクライアント数十社を抱えていた。
メンバーの1人のBさん(26歳女性)は今年の春に入社したが、会計業務はほぼ未経験であったため、特にAさんは気にかけて、Bさんをサポートしていた。
大手クライアントを中心にAさん自身も十数社を抱え、現場業務、マネジメント業務、教育担当に加え、社内ミーティングにも参加し、事務所の事業方針や運営方針の策定や実務にも関わった。
Bさんは、あまり要領が良いタイプとは言えず、丁寧で懸命に業務には打ち込むものの、1人で抱え込みやすく、ケアレスミスが少なくなかった。課のミーティングでも、Bさんの仕事ぶりについて他のメンバーからたびたび指摘があり、課全体のバランスを保ちたいAさんは、そのことに常に悩まされていた。
直属の上長であるC部長(51歳男性)には、Aさんより再三、メンバーの増員やワークシェアの徹底を願い出たが、「なんとかうまくやってほしい」とお茶を濁されることが多かった。
今年の初夏、Bさんが突然会社に来なくなり、労務担当者がBさんに連絡を取って話を聞いたところ、「Aさんにパワハラを受けた」との返答があったため、社内のコンプライアンス委員会にかけられた。Aさんへのヒアリングもなされ、詳細な事実確認を行なったところ、AさんからBさんに送ったチャットツールでの発言が、Bさんにとって脅迫的であったとのことであった。
日常業務に加え、寝る時間を削り、税理士試験の勉強にも励んでいたAさんは大きく落胆し、睡眠障害や食欲不振、意欲の低下、強い不安感に悩まされ始めた。現在は心療内科に通いながら、引き続き、多忙な業務への従事を余儀なくされている。
状況設定や詳細は大きくデフォルメしていますが、産業医業務を日々行っている私の感覚からすると、このような事例は、決して珍しい事例ではありません。今回取り上げた事例から、皆さんは何を感じ取られたでしょうか?
今回は、「マネジメント層のメンタルケア」をテーマとして意識し、内容を振り返ってみたいと思います。
まず、実際の現場では、マネジメント層はマネジメント業務のみならず、事例にもあるように、大変なマルチタスクに追われています。
業界や業種によってもちろんバリエーションは様々ですが、多くのマネジメント層は、まずは業務時間内に対応すべきこと(それが自身の現場業務であれば現場業務、マネジメントやサポート業務であればそれ)を最優先に行わざるを得ません。
業務時間内外にはミーティングがびっしりと詰まり、業務時間外の後半、時間帯で言えば20-21時を回るくらいから、ようやくその日にできなかった業務に着手できるのです。事例の中のAさんのように、自己研鑽やキャリアアップのために、資格取得のための学習やスクール通学をされている方も少なくありません。
また2022年4月には、パワハラ防止法が全企業に義務付けられたことをきっかけに、ハラスメントに対する意識も高まりました。
もちろん、制定された背景や、この法が持つ意義は大きいことは事実です。
その一方で、何でもかんでもハラスメント認定する社員も現れ、マネジメント層の采配を大きく萎縮させていることも事実です。
端的に言えば、従来のトップダウン型のアプローチはもはや通用せず、コミュニケーション力の有無が大いに問われる時代と言っても過言ではありません。
従来の会社におけるメンタルケアの主流の概念は、ラインケアとセルフケアであり、前者はマネジメント層がメンバー層に対し、いかに目配りをするか?というもの、後者はメンバー層がそれぞれに、自身のメンタルケアを徹底しようというものでした。
しかし、昨今の産業衛生における現場を見ていますと、また、上述してきたような実態を踏まえますと、この概念には、もはや限界があるように思われてなりません。ラインケアの観点はもちろん必要ですが、マネジメント層にこそ、セルフケアの観点が欠かせないのです。
そこには、瞑想や禅、マインドフルネスなどの自己研鑽のレベルから、コーチングやカウンセリングといった対話的手法まで、様々な方法が考えられます。
このように、マネジメント層のメンタルケアは、他ならぬ本人にとっても大変重要なテーマですが、多くの企業で中間層不在が叫ばれる中、企業の生き残り戦略としても、決して無視のできないテーマです。
コミュニケーションやセルフケアの各論は別稿に譲りますが、今回の事例から読み解くことのできる様々な課題に、一つ一つ丁寧に対処していくことが大切だと思います。
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PROFILE: VISION PARTNER メンタルクリニック四谷 院長(精神科医・産業医)尾林 誉史
東京大学理学部化学科卒業後、(株)リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の院長を務めながら、23社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を担当。メディアでも精力的に発信を行なっている。著書に「元サラリーマンの精神科医が教える 働く人のためのメンタルヘルス術」(あさ出版)、共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医」(祥伝社新書)など。