出産という人生の一大イベントを挟み、働く女性は、産休、そして育休の期間を過ごします。出産のために休む、育児のために休むとされるその期間ですが、文字通り心も身体も休まっている女性は、まずいないことでしょう。
今回は、産休・育休・復職という大きな契機を迎える女性への負担について、産業医・精神科医の尾林誉史(おばやし たかふみ)先生にお話を伺いました。
当事者である女性だけでなく、職場の周りの方や、ご家族の方にも、ぜひ読んでほしい内容となっています。
出産する女性の負担について考える
1.出産・育休中の心への負担
出産する女性には、身体的な負担が大きくかかることは言うまでもありません。母子の生死にもかかわる、この一大イベントの期間内では、ホルモンバランスが急激に変動します。そのため、女性は身体的な変化のみでなく、精神的な変化にもさらされることになります。
マタニティーブルーと呼ばれる、妊娠中や出産後に見られる精神症状の変化は多くの女性が経験しますが、その症状が長引くと、産前・産後うつにいたることもあるのです。
男性の育児参加も徐々には活発になってきていますが、このダイナミックな変化の全てを代替することは、残念ながらできないのです。
2.育休からの復職は、暴風雨を進むようなもの
育休の期間が明けると復職を迎えますが、ここから女性は、さらに大変な時期を過ごすことになります。復職後は時短勤務を選べる職場もあるものの、それは決して、仕事が楽になることを意味してはいません。
逆に、限られた勤務時間で成果を出さなければいけないため、そのプレッシャーやストレスは、妊娠前の勤務時とは比べものにならないでしょう。
また、勤務を終えても、休む間もなく訪れる育児は、疲れた体に追い討ちをかけます。
それはまるで、暴風雨のなかを進むようなもの。もちろん後戻りは許されず、子どもは成長しますし、仕事も待ってはくれません。
女性の社会進出や男女平等な社会は、概念的には大変素晴らしいものですが、女性の側だけに頑張りを強いるやり方に、限界があることは明らかです。
3.復職後、両立が難しい課題と向き合う
産休・育休を経て復職した女性を見て、私は「医師免許を目指しながら弁護士資格も目指しているような大変さ」を感じてしまいます。例えとして適切かどうかは、何とも言いようがありませんが、仕事と育児というただでさえ大変な役割を同時に背負っている、しんどさの頂上決戦とでも言うべきハードさを強く感じるのです。
ここには、いくつかの共通点があるように思います。
まずは、片方だけでも真剣に取り組めばキリのない作業を、並行して行わなければならないという点。このことについては、誰も異論はないでしょう。
そして、求められるスキルや知識、技法が大きく異なるという点も見逃せません。仕事は頭脳労働であり、育児は感情労働ですから(もちろん、このようにきれいに分別できるものではありませんし、それ以外の負荷もかかっています)、気持ちの休まる暇は全くありません。
さらには、意識的に手を抜かなければ、とことん終わりなき旅になってしまうという点も類似しているように思います。真面目で几帳面な方ほど、ほどほどで済ませることができないものです。
ただ、こうした例えでは説明のしようがないのは、資格試験のように合否という区切りがないという点でしょう。また家庭や環境ごとに個人差が大きく、他人とは比べられないものでもあります。
仕事も育児もほどほどにするコツ
このように、大きな心身の変化のみならず、大きな環境の変化に直面せざるを得ない、働く女性のみなさんに、私は「両方100点を目指さないでほしい」と、そっと声をかけたいのです。
私の専門領域である精神科の臨床においても、産業医の実際においても、要所要所でうまく手を抜ける人、時に自分を適切に甘やかせる人ほど、逆に人生が充実しているように感じられるのです。
産休・育休・復職という立場にある女性のみなさんには、先延ばしできることはしっかりと先延ばしにし、任せられることは遠慮なく任せてしまうということをお伝えしたいです。
周りの力をうまく借りてほしいのはもちろんのこと、職場の同僚やパートナーの方々も、「ああ、〇〇さんは上手に手を抜いてくれているな」「自分が協力できれば、◯◯さんも少しは楽になるかな」と想像力を働かせてほしいのです。
育児と仕事の両立をする女性にとって、職場では上司や同僚などと、家庭ではパートナーや親御さんとの共同作業にできることは、きっと大きな力になることでしょう。
自分を追いつめすぎてしまう前に、産業医や子育て相談の窓口、コーチング(カウンセリング)なども、気軽に活用してみてくださいね。
PROFILE: VISION PARTNER メンタルクリニック四谷 院長(精神科医・産業医)尾林 誉史
東京大学理学部化学科卒業後、(株)リクルートに入社。退職後、弘前大学医学部医学科に学士編入し、東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科に所属。現在、VISION PARTNERメンタルクリニック四谷の院長を務めながら、23社の企業にて産業医およびカウンセリング業務を担当。メディアでも精力的に発信を行なっている。著書に「元サラリーマンの精神科医が教える 働く人のためのメンタルヘルス術」(あさ出版)、共著に「企業はメンタルヘルスとどう向き合うか―経営戦略としての産業医」(祥伝社新書)など。